「それはね、白人文明に、強大な覇権国に支配されて酷い目に会った経験がないからだよ。ここもね、日本の敗戦後、アメリカが徹底的に反日教育をした。日本の全てが悪だったとね。
でもここパラオではそれは通じなかったのだ。なぜなら、どうせまた白人たちが嘘をついていることなどわかっていたのさ。彼らはまだわたしたちを人間とは思っていなかったのだからね。そのことを祖先たちがこどもたち孫たちにしっかり伝え続けてくれたからなのさ」
「そうだったのね」
亜美は聞き入った。
「それまでは、われわれは幸せに生きていた。大自然が神々そのものであり、笑顔の生活を送っていた。そこには愛と調和があった、慈しみと助け合いがあった、みんなが幸せだった。わたしたちも神々の一部だった。日本人も縄文と呼ばれた時代の人たちはそうだったはずだ。北米も、中南米もアジアもミクロネシアもみんなそうだったのだ。
エスキモー、ネイティブアメリカン、マヤ、ペルー、インカ、マオリ、ワイタハ、アボリジニ、アミ……南北アメリカ、フィジー、ニューカレドニア、タヒチ、ニューギニア、ニュージーランド、オーストラリア、インドネシア、マレー、台湾、沖縄、日本、そして真ん中にハワイ、有史以前から太平洋をぐるっと取り巻く大地に生きていたわれわれはみな兄弟姉妹だったのだよ」
「えー!?」
「日本がマレー半島にやってきて、イギリスを追い払ったとき、“シンガポールの陥落は、白人による長い植民地支配の終わりを意味する”とシャルル・ド・ゴール自由フランス軍将軍、のちのフランス大統領はそう言ったんだよ……。
亜美はマレーシアを解放する作戦指揮を執った山下奉文陸軍中将のことは聞いたことが
あるかい?」
「いえ、全然……」
こうも知らないことが続くと開き直れる気がしてきた。
「では2・26事件は?」
「教えてください!!!」
「山下将軍はね、2・26事件の将校たちの行動は、戦争を回避してほしいという願いも込められてのことだったので、刑を軽くしてほしいと裕仁陛下にお願いをした方なんだ。
太平洋に来る前は中国大陸の関東防衛軍司令官(満洲に駐屯した日本の陸軍が関東軍と呼ばれていた。日本の関東地方とは無関係)だった。その後、マレー作戦を指揮、イギリスの拠点シンガポールを陥落させた。
でもこの方は、野戦病院を慰問して降伏した敵側の連合国兵士も見舞って、敗者を尊重する武士道精神を示した立派な指揮官だった。彼こそは真のサムライだった。慰霊祭を行った際には、涙を流しながら弔辞を読んだそうだよ。
やがて、フィリピンで敗戦を迎えることになって、マニラの法廷で裁かれることになったのだけど、数々の大虐殺をした戦争犯罪人として絞首刑にされてしまった」
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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