出会ってから今まで、ずっと一緒に駆けてきた。悲しくて泣いた朝も、恐怖で眠れない夜も、隣には千春が居た。何も話さなくても、何もしてくれなくても良かった。バカにされたって、貶されたって、嫌な顔されたって、彼の事がどうしようもなく好きで堪らないから、私は救いようのないダメ人間だ。
「あ、棚⋯⋯」
千春が遺した言葉。それを叶えるべく『開かずの棚』に手をかける。固く禁じられていた割に、施錠は全くしていなくて、簡単に開いてしまった。中には黒い紙袋と、薄い手帳の様なものが入っていた。
紙袋を開けると、ピンクのアクセサリーケースがあった。ゆっくりケースを開ける。感情に反して手の震えが止まらなくて、自分が泣いている事に気付く。
そこにあったのは、ピンクゴールドのチェーンにセンターストーンのモルガナイトが輝いているネックレス。女子大学生が自分へのご褒美に買うようなやつ。ずっと暗い所に閉じ込められていたネックレスは、遮光カーテンから差す僅かな光を浴びて嬉しそうにゆらゆら揺れた。私の目から溢れる涙でより一層輝いて見える。
「こういうの分からないくせに」
まだ何か入っていることに気が付いた私は涙を拭って、薄い空気の中で必死に息をした。
小さい長方形のそれは、かなり前に作ったであろう通帳だった。見たこともないくらいの大金が入っている。毎月、給料日に同じ金額を入れた形跡が淡々と残っていた。
「いつの間にこんなに貯めてたの?」
通帳の下の手紙が目に入った。見つけて欲しくなさそうに、恥ずかしがるようにひっそりと隠れていた。
一行目を読んで、やめた。手紙を折り目に沿って優しく畳み、封に戻す。
「そっちに行きたくなっちゃうじゃん」
心は私のために世界をシャットアウトする。私の叫び声だけが耳の中で木霊する。
肉体は無情に朽ちても、千春はここに居る。今だけは、彼の心の中にいたい。
世界よ、止まれ。運命なんて、亡くなってしまえ。
「千春、愛しています。ずっと一緒に居てください」
世界が、終わりを告げていた。
アントライユ entraille 同情、愛情、内臓
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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