「ワオさん、竹刀なんてなぜ?」
ワオの入れたジンジャーレモネードを飲んで少し落ち着いた結愛は、ワオに問いかけた。
「実は、学生時代からずっと剣道をやっているので、お菓子のレッスン前に道場に寄ってきたところだったんです。いつもは水曜日に通っているんですけど、今日は特別で」
照れくさそうに言うワオは眼鏡の奥の目を丸めて、張り出した耳を赤くし、いつもの小さな猿の雰囲気に戻っている。
「意外ね」
結愛はこれまで、ワオを男性として見たことはなかった。男性は怖い。行彦のように、嫉妬深く、しつこく、どこで怒るか分からない。そう思っていた。そして、それは今日の出来事でより一層強く裏付けられたではないか。
「ワオさん、あの時初めて男性に見えた」
「それまで俺は何だったんですか」
やっと結愛に笑いが戻ってきた。
「ねえ、もう一つ教えてもらっていい?」
何ですか、と言うワオの袖を結愛は引いた。
「どうして婚約者だって言ったの」
ワオは一瞬目を逸らし、また結愛に視線を戻して答えた。
「そうなればいいなって思ったから」
次回更新は8月19日(火)、18時の予定です。
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