俺も東京を出よう。孝介はいきなり思いついた。田舎に帰ろう。兄貴はいつでも戻ってこいと言った。あの時はそんなことがあるはずはないと思っていたが。
兄は孝介の一本気な性格を知っているので、何かがあったときの布石を打っていたのかもしれない。
孝介は道の駅で会った仲間の生き生きした様子を思い出した。あの時ちょっと揺らいだ気持ちが強烈に持ち上がって押さえられなくなっていた。
孝介は粟本工業を退職し、本当に田舎に戻ってしまった。
無理は承知だった。せっかく社内の体制が整ったところだった。
退職の理由が言い出せなかった。よし子が居なくなったからなどとは理由にならない。きっかけはよし子だったかもしれないが、もっと奥の方の血が孝介を故郷に向かわせたに違いない。
社長も村木も思い留めさせようとした。家族を呼ぶまでしたのに不義理な行動を取る孝介を許すことはなかった。同じように、さらに、美智子の激しい表情がそれに加わった。一家の主としては許されるものではないというところだろう。
「何を言ってるの。由布子は都立高校の受験勉強を頑張ってるのに。無事に合格して東京の高校に通わせてやりたくないの」
それを聞いて孝介は自分が何も周囲のことを考えていないと気づいた。
美智子と由布子を東京に呼んで一緒に暮らすことで、安堵した。美智子は仕事を持って気持ちも落ち着いたようだし、由布子の中学校での生活も問題ない。家族はあって当たり前で、すっぽり頭から抜けていた。
三人で暮らすようになっても、それぞれが一人ずつになってしまい田舎でのぬくもりは感じられなくなっていた。それは都会の空気の作り出すものかもしれないが。
その上よし子の居なくなったぽっかりとした心が一番の原因なのだから、話し合っても噛み合うはずがなかった。そこは家族で埋められるものではなかった。
今後のことはゆっくり決めよう。とにかく今は東京に居たくなくなったのだ。一人で帰ると言って、とりあえず戻ってきてしまった。