涙をぬぐって、持っていたライフルを掴んで立ち上がった。改札を抜けて、地下から地上へと続く階段を上っていった。
「……鹿だ」
目の前、といっても遠く。野生の鹿がうろついていた。鹿にばれない位置に移動して、ライフルを構えた。息を止めて、鹿に照準を合わせ、引き金を引いた。バァン!
銃声と同時に鹿が倒れ、あたりに血が広がる。鹿に近づいて、苦しそうな息をしている鹿を再度撃ち、とどめを刺した。
初めて自分だけで、生き物を殺した。
その鹿を解体して、食べようとした時にはもう深夜だった。
空はあの日のように、星で埋め尽くされていて、こういう最悪な気分の時は普通は雨とか曇りだろうと考えつつ、ナギサが座っている近くに火をおこし、解体した鹿の肉を焼いた。
横にはナギサがうんともすんとも言わずにいて、しばらく見ていないうちに自然と一体化したようになってしまった。そんな姿があまりにもむなしくて、肉が焼けるのを待っている最中、ナギサの体から苔や草を取り除いて自分が着ていた上着をかぶせた。
「ナーギサ」
いつものように、ナギサの名前を呼んでみる。返答は、わかっていたことだけれど、ない。寂しくなって、焚火のほうへ行った。鹿は目を少し離していた間にすっかり焼けていて、火の中から取り出した。一瞬熱くて肉を取り落としそうになったけど、なんとか落とさず持つことができた。ナギサが作ってくれる肉より出来が悪くへたくそな食事に、大きく口を開けてばくりと噛みついた。
「……」
自然と涙がこぼれてきて、止まらなくなりそうになった。
でも、もう自分はそんなに弱くない。
涙をぬぐってさらに肉に噛みついた。
その日、涙は止まらなかったけれど泣きわめくことはもうなかった。
星空がぎらぎらと、うるさいくらいに綺麗に輝いていた。
次回更新は6月19日(木)、12時の予定です。
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