「ああ、それに警察は宮園さんを疑っていない。疑われているのは君だよ。月島翼君。実はね、先生が病院に運ばれる直前にツキシマツバサと叫んでいたらしいんだ。同じ名前の人物は他にいないだろ?」
言葉をなくす。かわりに頭の中は疑問符で一杯になった。先生はなぜ僕の名前を呼んだのか。もちろん僕は犯人ではない。犯人が僕に似ているのか。それとも事件自体が僕に関係しているのか。
「残念ながら、僕は犯人ではありません」
「そうだね。ただ、君は鳥居先生の息子さんだろ」
「なんで、その話を蒸し返すんですか。どちらにせよ、その事件は解決してますし、当時、僕は親戚のところにいて、アリバイがあります」
「だがそう思っているのは君だけかもしれない。だって、手段が一緒なんだよ」
僕は黙り込んでしまった。母は首を締めても死にきれず、最終的に焼身自殺したとされている。樹先生も火に巻かれている。今まで考えないようにしていた疑問が僕の首に手を回して、耳元で囁いた。本当に自殺だったのかな。
心に蓋をして閉じ込めていた声が爆発する。母はこれから一緒に生きようと僕の手を取ってくれたじゃないか。なのに死んでしまうなんて。自殺するなんて。
「まあ俺個人としては君は犯人じゃないなと思うがね」
藤堂さんの声で現実に引き戻された。
「なんで信用できるんですか」
「なんとなくかな」
「それって刑事としてどうなんですか」
「君に心配されることじゃないよ。まあ君は今度から警察相手に嘘をつかないことだね。蛇足だよ」
「すみません」
「君はもう少し警察を信用したほうがいい」
「そうですね」
多分警察を信用できないのはあの事件の後、何度も話を聞かれたからだろう。本当に家にはいなかったのかとか、お母さんに変わった様子はなかったのかとか。父の事故があったので、自殺だと周囲は信じて疑わなかった。僕と母の誓い合った記憶もなかったことにされてしまった。それが一種のトラウマになっていたとしてもおかしくはない。
「すみませんご迷惑をおかけしました」
「いいよ」
藤堂刑事はそう言うと気軽に手をヒラヒラと振った。先程までの鋭さは微塵も感じさせなかった。悪い人ではないようだ。
【イチオシ記事】妻の姉をソファーに連れて行き、そこにそっと横たえた。彼女は泣き続けながらも、それに抵抗することはなかった