翌日、目が覚めたのは8時を回っており、起きた瞬間ぎくりとした。遅刻?と昨日も思っものだ。すぐに大丈夫、と思い直すと、身支度をして朝食を摂りにバイキングホールへと向かった。
会場はいかにも出張で来ているであろうサラリーマンが大半で、あとは白髪混じりの年齢の人たちがテーブルを埋めていた。外国人の姿もちらほら。
紫は35、女一人で、似たような客はいないようだった。平日だとファミリーや若者は少なくて当然だろう。気にせず料理を選んだ。
昨夜はちょっと食べ過ぎたから、サラダとフルーツ中心のあっさりしたものを、しかしたっぷりとお皿に盛ると、さあ朝食を楽しもうと座り直した。飲み物もジュースとコーヒー両方持ってきた。そんな時、前のテーブルからバシンと何かを叩く音がした。
顔を上げるとカップルの女性がテーブルを叩いて立ち上がったところだった。レストランホールが少し静まり、注目が集まったが、女性が無言で出ていくと同時にざわめきは戻った。一人取り残された男性は、気にする様子もなく朝食を食べていた。
9時になると、ほとんどの客がホールからいなくなった。紫はまだ食べ始めたばかりだし、バイキングホールは10時までだったから焦らず食べた。
周りには高齢者がちらほらいるだけだったが、目の前の男性だけは紫と年が近く、スラリとした印象で、さっきの女性のこともあり、つい目が行った。年下かな?などとぼんやり考えながら、紫はクロックムッシュをつまんだ。
男性は朝食を食べ終えると、いつの間にやら紫のほうを見ていた。目があった瞬間、男性は微笑んだ。紫も咄嗟に微笑んでいた。それを了承ととったのか、男性は話しかけてきた。
「食欲ありますね?」
紫の前の皿はこんもりとしている。しかし去って行った彼女の皿はちんまりしたもので、確かに細かった。ちょっと恥ずかしかったが、
「人生の楽しみですから…。」
「もちろんそうですよ。たくさん食べる人、いいですよね。」
紫の中で危険信号がちらついた。たった今、彼女とケンカしたところで他の女に声をかけるのか? しかもこんな冴えない私に? 曖昧に笑うと食事を続けた。男は構わず話し続けた。
次回更新は6月27日(金)、11時の予定です。
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