夕暮れ、路面電車を横目に自転車で走り抜ける。

「今日も……ダメダメだ」

仕事帰りの僕には、必ず立ち寄る場所がある。それは、こじんまりとした町の劇場だ。もちろん、警備員なんていない。いるのはたった一人、劇場の管理人さんだけ。

「大田さん、今日もいいですか?」

「あぁ、坊主か……物好きなもんだな」

口元に微かな笑みを浮かべながら、ホールの扉を開ける。

ギィと音を立てて開かれた景色は、がらんとした客席とテープ跡だらけの舞台。僕は誰もいない席の中央に座って、目を閉じた。しんと静まり返った暗闇の中で、ある風景を思い起こすのが僕の日課だ。

幼い日の記憶、それは今の状況とは真逆の色。誰もいない席が埋まり、多くの役者が舞台上で舞う。観客は演目が終わると次々に立ち上がり、割れんばかりの拍手を送る。だが、舞台上に僕の姿は無い。一番後ろの席から、その光景を眺めている。その物語を作った、脚本家として。

僕が目を開けると、いつも大田さんが舞台の掃除をしている。

「僕、ここで自分の脚本で舞台を作るのが夢なんですよ」

「はいはい、わかってるよ……何度聞いたことか。で? 面接は上手く行ったのか?」

「……ダメでした……」

「……そうかい」

返す言葉はぶっきらぼうだが、その声にはほんの少し、優しさの音が混じっていた。

自転車を押しつつシャッター街を歩いていると、一枚のポスターが僕の視界に入った。

『Went to Stage』

そこには、僕の憧れた舞台の名前があった。

「まだあったのか……」

ずっと覚えている、僕が初めて観た舞台。

街の人だけじゃない。聞いたこともないような遠い場所からも人が押し寄せた、伝説の演目。舞台上の役者、裏方、お客さんすらも一つになって、誰もが輝いていたあの光景。カーテンコールで握手してくれた役者たちの手の温もり、今でも鮮明に思い出せる。

あの時の感動が忘れられなくて、憧れて、目指して……