僕が小学六年生の時に描いた、祖母の似顔絵だ。額縁の節々は褪色し、時の経過の残酷性を如実に示している。

「わかってるけど……」

真意を覗かせようと声色を変えてみても、祖母は意に介さない。

「颯斗、絵はもう描かんのか?」

リビングの静寂を、窓外から聞こえる小鳥の麗らかな囀りが和ませる。

「もう描かないよ。描く意味もないんだから」

そう。もう描く意味はない。病床の母が喜ぶから。ただそのために、描いていただけだ。自分で言うのは烏滸(おこ)がましいが、絵の才能はあったのだと思う。年齢制限のないコンクールで賞をいくつも取り、天才とかゴッホの再来とか、安い異名で雑誌に特集されたことも何度かあった。

母は塗り絵が好きで、それを真似し始めたことがきっかけだった。母の入院が当たり前になってから、見舞いのために病室へ訪れる機会が増えた。複数の入院患者と共同の病室で、母と向かいの患者の間、窓辺に置かれ日の光をその身に受ける一輪の撫子の花が、僕の興味を強烈に惹いたことを克明に覚えている。

「颯斗、撫子の花はね、色によって花言葉が違うの」

「はなことば?」

「そう。お花は颯斗と同じで、みんな感情を持っているの。色によって違うのよ」

「へー! 母さんは、何色のなでしこが好きなの?」

「ピンク色の撫子が好きなの。颯斗の笑顔を思い出すからね」

「ええ! なんで? ピンクのなでしこは、どんな感情を持ってるの?」

「んー。恥ずかしいから内緒! いつか自分で調べてみて」

「えー!」