第一章 出逢い ~青い春~
一
昨夜は遅くまで話したから、父も母もまだ寝ているかもしれないと思い、優子は足音を忍ばせて、一階へ降りた。洗面所でも音をたてないように顔を洗い、また二階の自分の部屋へ戻った。ドレッサーに座って薄化粧をし、セミロングの髪を後ろに束ね、バレッタで留めた。
それから、もう一度、一階へ降りて、床の間へ入った。仏壇の前に座って、手を合わせ拝んだ。
「お母さん?」と言いながら、優子はふすまを開け、廊下を歩き、台所へ入った。
「あぁ。起きたのね」と、母が微笑んだ。
「お父さんは?」
「散歩をするって、出て行かれたわ」と、真弓は答えた。
「そう。珍しいわね」と言い、優子は首をかしげた。
優子は玄関へ行き、つっかけを履いて、庭先へ出た。門はちゃんと鍵がかかっていた。ポストには新聞が入ったままだった。優子は急に不安になった。何故だか家全体が静かで、急に父の事が心配になった。
「お父さん、どこに行ったのかしら?」と、つぶやいた時、玄関の靴箱の上の、優子が生けた菜の花の花器の花台に、白い封筒がはさんであるのに気付いた。(えっ?)と思いながら、封筒を手にとった。封はされておらず、中の便箋を出して読んだ。
真弓。優子。
私はもう逝くよ。どうせ逝くんだ。覚悟はできている。お前達に世話をかけたくない。
私は充分好きな仕事に尽くせたし、お前達と一緒で本当に幸せだった。
病院へ入って、ただ死を待つなんて、堪えられないんだ。わかってくれ。
医者に余命を宣告された時から、私は一人で死のうと決めていた。
すまない。最後の勝手を許してくれ。
優子。入江君と幸せになって、母さんの事を頼む。
本当に優しい娘に育ってくれて、ありがとう。父さんはうれしいよ。
お前なら、きっと幸せになれると、信じている。
真弓。君と出逢えて、私は本当に幸せだった。これまで本当にありがとう。
お前達を愛しているよ。これから先も、ずっと見守っているよ。
ありがとう。これまで本当にありがとう。
達雄