先生は私の方を振り向くこともなく、きつく言われ病院に向かいました。

私は子どもの頃から病院嫌いでした。あの何とも言えない、何か出てきそうな雰囲気を好きになることなど無理でした。特にその病院は古い木造で、消毒薬や薬の混ざったような匂いが漂っていました。その当時でも寂(さび)れた病院です。夫婦でお医者をなさっていたのですが、子どもとしては強面(こわもて)なお医者さんに思われとても馴染めそうにありません。

子どもたちの間では、あそこだけは嫌だという噂の病院でした。診察の結果は脳内出血で、それからひと月ほどの入院生活が始まりました。クラスのみんなが見舞いに来てくれ、寄せ書き、絵、工作などを持ってきて励ましてくれました。母親もずっと付き添ってくれていました。

その母親に私は何を思ってか、突然、問いかけました。

「僕ってもらい子」

母親は慌てたような寂し気な顔をして私を見つめました。

「誰がそんなことを言ったの」

少し間があって、母親は残念そうな表情で聞き返しました。

その後、どんな会話になっていったのかよく覚えていません。そんな切り取ったような情景だけを覚えています。高校卒業が近づいて、戸籍を見る機会がありました。それまで薄々感じていたことが、文字でそこに書かれてありました。

次回更新は4月4日(金)、7時の予定です。

 

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