【前回の記事を読む】病、治療の壁 いたるところが"壁"で囲まれた病院。目に見える壁、目に見えない壁、壁は様々である。見方によっては突然消え去ることも―。

一、壁

がん

治療が無事に成功し、退院許可が出るのは、家族にとっては一日千秋の思いである。ある男性は私がきれいに治療して帰した。家族の喜びは生半可なものではない。夫人は勿論、小さな子供は父親に泣いて取りすがり、寝ている間にも「パパ帰った、パパ帰った」と、うわごとで言っていたと聞いた。

一方で、私の説明不足で、家族を不安にさせたこともある。学齢期の人で頭頸部がんであった。組織診断から、放射線では治りやすいものだった。ところがそのようにたやすいものではなかった。私は年齢の低い人のがんは、予期せぬ進展を見せることがある、ということを十分に説明していなかった。家族は子供が悪い方向に向かうと、その理由も知りたがったし、怒りもあった。私の家にしばしば来られたが、いつも不在だった。

父親はその顚末を雑誌に投稿した。私はこの人との間に壁を作ってしまったのである。苦い経験だった。また、私が治療した人々を20年後に診察した。適正量で治療した人はきれいに治っていた。がんが頑固で、放射線量を多くした人には、照射された局所の正常組織に障害が出ていた。

別の機会に幼児の網膜芽細胞腫で、眼球を摘出した後、予防照射で眼窩に照射をした。成人では治療で使う放射線量だったが、眼窩の成長が阻害され、少し引っ込んでしまった。元気なその子は片眼で小学校生活を活発に送っている。家族は何ら文句を言ったりしないが、私は幼児が成長したときに、女性として、きっと気にするのではないか、との危惧が消えなかった。成長期の組織に放射線の影響は大きいのである。

がんにならないような研究は是非続けて行い、成果を上げていただきたい。一方で、出来上がったがんの治療を天職として行っている人が多い。臨床医と研究者の壁は必要ない。取り外して、情報を共有せねばならない。

新型コロナによる分断の世界

新型コロナは世界の分断、多くの壁を作った。日本も逃れることはできなかった。日本では新型コロナの感染者数が時間を横軸にとって、患者数を縦軸で示すと、波型となり、これが繰り返されて、現在(2022年9月)は、第7波が終わりに近づいている。

今後、再燃するかどうか気にかかる段階である。政府は今回、今まで続けていた規制を解除している。しかし人々はまだ必ずしも納得しておらず、対応を怠っていない。最もひどい時には、政府は商店など、人々が集まる所の営業を自粛させ、休業が続いた。学校や、興行も開かれなかった。