お前の母親から電話を貰った金曜日の夜。僕は五日ぶりにお前の部屋を訪れた。(彼女とは車で片道3時間はかかる場所に住んでいる)呼び鈴を鳴らしてから少し待ち、何の反応もなかったので鍵を差し込む。U字ロックは掛かっていなかった。
母親から僕が来ることを知らされていたのだろうか? 扉を開けて玄関に入り、後ろ手に閉める。金属音がやけに耳障りだった。
「居るんだよな?」
呼びかけながら廊下を進み、リビングの明かりが曇りガラス越しに細く伸びている事を確認して部屋の扉を開く。
一歩踏み入れるとそこは数日前と違い乱雑さはなく、清潔なフロアが広がっていた。隅に放置されていたゴミ袋もなければ落下していた衣類も見当たらず、崩れ落ちていた雑誌やソフトは整理整頓され、机の上に散らかっていた雑多なものは必要最低限を残して片付けられている。部屋全体に埃っぽさや乾燥した感じはなく、フローリングは引越し当日のように塵一つなかった。
電話で母親が掃除をしていたと言っていたが、確かに彼女の手が入っている事は明白だった。しかし。
シーリングライトが照らす部屋に陰鬱(いんうつ)な空気。明かりは無機質な影を浮かび上がらせ、不気味にひしめいていた。
パソコンデスク、パソコン、ゲーム機、ソフト、雑誌、チェスト、コートハンガー、机、椅子、ケース買いされたドリンク、キッチンの方に冷蔵庫、電子レンジ、シンク、ガスコンロ、レンジフード、止まったままの換気扇。それら全てに目が付いていて、意思を宿してこちらを凝視しているように思えた。今は息を潜めて様子を伺っている。
僕は身震いをして、一度頭を左右に振る。
それからお前の名前を呼んだ。リビングに姿がないので、寝室の扉に向かい呼びかける。耳を澄ましたが、風呂場やトイレから気配は感じなかった。
「開けるぞ」
次回更新は3月16日(日)、20時の予定です。
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