【前回の記事を読む】死に直面した人間が吐き出すような絶叫に、尋常でない様子の親友を訪ねる。扉が人一人分きっちりと開いて、僕の目の少し下辺り、お前の頭が揺れている。

第1章 闇の入口

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部屋を見渡す。積み上げられ、雪崩(なだれ)を起こしている雑誌とソフト、椅子に掛けられたアウターと脱ぎっぱなしの帽子が幾つか床に落ち、チェストからはみ出した服が人間の腕のように垂れている。ケース買いしているドリンクは部屋の片隅で埃を被り、その横に何かわからない玩具が突っ込まれたダンボールがある。

そこから這い出してきた魑魅魍魎(ちみもうりょう)達が至る所を闊歩(かっぽ)しているのだから、もう。机の上は雑多な物で溢れ返り、缶ビールの亡骸が市指定のビニール袋から転げ落ちていた。どのゴミ袋も容量はそこそこで、いい加減出しに行けよ、と僕は渋面を作る。

足で袋を遠ざけていると、一つだけほとんど空っぽのゴミ袋があった。よく見ると中身は布で、どうやら服のようだった。お前が最近買ったばかりの、フィルメランジェのパーカー。それから、ボトムスとインナーも捨てられている。

これ、どうした、と聞こうとして、お前を見る直前。

ほんの一瞬。

そこから血と鼻を突く臭いがした。

ゴミ袋を見やる。

お前の服が死んだ鼠(ねずみ)の塊(かたまり)みたいに固まっている。

ゴミ袋を睨んだ。

それから僕は足音が響くのも構わず窓に近付いてカーテンの合わせを掴み左右に開いた。カーテンレールが揺れながら日光を部屋中に招き入れる。様々な物の陰影がはっきりと浮かび上がり、お前の姿が僕の目に映った。

お前から感じるいつもの熱い気配を少しも感じることが出来ない。ただ椅子に身を預け机に頭を載せているだけの物体に見えた。部屋の主はお前であるはずなのに、今はこの雑多な物達全てに取り囲まれそれらから攻撃を受けている。そうして固く縮こまって沈黙している。

お前の名前を呼ぶ。

こちらを振り返りもしない。

近付いて、その肩に触れようとした。

お前が顔を上げた。

僕は、息を呑んだ。

 

***

 

なぶり殺しって知ってるかい?

殴って殺すんじゃないよ。

痛めつけて殺すんだ。

痛めつけるって例えばどうするんだって?

配信は幾らでもあるだろう。

僕は知ってるの。

僕はやったことはないけれど。