教授は『老人と海』の物語が終わった後、老いた漁師の身がどうなるのか、ゼミ生に尋ねた。みな一様に「このまま死んでいく」と答えたが、K君だけは答が違っていた。

「明日また漁に出ると思います」

「何を根拠にそう思うのか?」

「『ライオンの夢』を見るからです」

「それは老人が見る夢なんだが……」

教授はヘミングウェイの晩年と死を巡る話を少しだけしたが、途中でベルが鳴って、古めかしいペーパーバッグを閉じてそそくさと帰っていった。

「やるじゃん」

「ああ」

「来週、私、サリンジャーやるんだけど……」

「ああ、掲示で見た。『ライ麦』やるんでしょ」

「ええ」

K君は故郷の中学校で行われる教育実習へ行く前、私に告白してきたが、私はあっさりフッた。その後、実習中いっしょだった別の大学の学生とつき合うことになった。律儀な性格のこの男は、いちいち二人の初恋を報告してきた。前より大人びた横顔を見て、私は恋の悩みを聞いてあげることにした。

卒業後、何年か経って、ある雑誌が『老人と海』のモデルとなった漁師の「その後」を特集した。彼はヘミングウェイが命を落とした後も、キューバの漁村で長生きし、九十代になるまで漁を続けたそうだ。