ある日、ベランダで珠ちゃんと洗濯物を干していたお母さんが近くで遊んでいた僕に声をかける。ずっと元気がなかったので少しでも笑ってほしいと思ってふざけながら近寄っていく。
お母さんは笑いもせず、僕の顔も見ないまま片手ずつ僕と珠ちゃんの手を握った。一歩進んでベランダの縁で下を覗いてから遠くを見つめて「高いね」と呟いた。何かを悟った珠ちゃんが静かに泣き出す。僕は何で泣いているのか分からないけど男だから強くいなきゃってお母さんの冷たい手を強く握る。
瞬間、僕の手の甲にお母さんの涙がこぼれた。
「ごめんね、ごめんね」
そう泣きながら僕たちを部屋に戻してベランダで蹲って泣き出した。珠ちゃんと僕も大声で泣いた。
——三人で泣いたあの日ずずさんは離婚を決意したんだと思う。
少し落ち着いて僕たちの夜ご飯を用意してくれた。それから
「しおちゃんのところへ行ってすぐに帰ってくるね、後でおじさんが来るから帰りが遅かったら一緒に寝ててね」
と言って病院へ向かった。
僕と珠ちゃんは寂しかったけどちょっとだけお母さんが元気になった気がして嬉しかった。
お母さんが出ていってすぐに玄関が開く音がした。忘れ物かなと思っていたらお父さんが立っていた。珠ちゃんになにか声をかけている。珠ちゃんが自分と僕の服をそこらへんに落ちていた紙袋に詰め込んだ。
「洋ちゃん、おいで」
靴を履き替えたお父さんの後を追うように珠ちゃんが僕を呼ぶ。遊んでいたヒーローフィギュアを右手に持ったまま駆け寄って珠ちゃんの手を引っ張った。
「いっちゃだめ。おかあさん、まっててっていってたよ」
「いいから、お父さんについていくよ」
珠ちゃんが凄い力で僕を引っ張り返す。怖い顔をしたお父さんが僕を怒鳴る。
「やだ、ぼくはまってる」
必死に反抗したけどお父さんが僕を担いで肩に乗せる。大声で泣きながら背中を叩いたらまた怒鳴られた。それはとても怖くて声を殺して泣きながら車の中に放られた。