「けれど咬み合わせの試験をしてみたら、途端に姿勢がピンと伸びて、左右の肩も平らになり、首がまっすぐに立って、気分まで良くなったって言うの。
それでスプリントというマウスピースのようなものを作ってもらって咬んでいたらね、一週間ほどで半日くらいは登校できるようになって、一か月経った頃は普通に登校できるようになったって言うの。
私も驚いたし、救いを求める気持ちでいたから須田さんのお母さんを訪ねて話を聞いたの。本当の話だった。
歯の調整をしたら前より元気になって運動も勉強も伸びたって言うのよ。性格まで落ち着いてきたんだって。それで須田さんに電話で話を通してもらって、高山君のお母さんの話も聞きに行ってきたのよ。伝わってきた話の内容は両方とも正しかった。須田さんも高山さんも、あまりの効果に驚いて、狐につままれたようだと言ってたわ」
気怠(けだる)そうではあるが、知数は実知を見つめている。
「知数、信じて賭けてみましょう。歯なんか関係ないっていうお前の気持ちはよくわかるわ。私だってそう考えていたもの。でも先入観で可能性をシャットアウトしてはいけないと思うわ。
人間は複雑で不思議なものだから、全部なんてわかっていないのよ。わかっていないことが多すぎるのよ。可能性に賭けてみましょう。ダメでもともとでいいじゃない
何だってチャレンジよ。このままなら良くなるはずはないんだもの。お母さんは絶対にお前を助けてあげたいの」知数が小さく頷いた。
「行ってくれるのね。ありがとう」
実知は知数の両手を強く握り、それからバタンとドアを閉めて飛び出していった。すぐにみつる歯科の予約を取らなければいけない。すごい勢いで飛び出した実知は、廊下で和徳にぶつかりそうになって顔を合わせた。
和徳は実知の勢いに驚き、悪いことが起こったと察知して血相を変えた。知数と話しているうちに、もう夫が帰宅する時間になっていたのだ。
「しまった」と実知は気付いた。もうみつる歯科は終わった時刻だ。地団駄(じだんだ)を踏みたい気持ちで実知は夫にしがみついた。
「まさか」
和徳は青い顔で実知を支えながら、全身に震えが広がり、肩も膝も顎もガタガタと鳴った。
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次回更新は2月2日(日)、21時の予定です。
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