実行委員会の初会合が持たれて三日もすると、花火の図柄をあしらったカラー刷りのポスターが町内のあちこちに貼られた。美紀の店にも商工会から「よく見える所に貼っておいて下さい」と二枚ほどが届けられている。

ポスターは花火の日時を広報する役目というよりも寄付集めに回る時期であることを皆に知らせる意味合いの方が強かった。

美紀も与えられたノルマ達成のため喫茶店を奈美に任せ、日傘を差し日焼け止めのクリームをたっぷり塗って割り当てを回った。外は連日茹だるような暑さだった。

「留守番、有難とね。今日の分は厄介な所が一口残ったけど昼からにするよ。お腹がすいたかい? 今、お昼を作るからね。スパゲッティでええか?」

タオルのハンカチで汗を拭きながら歩いて回った寄付集めから漁火に帰って来るなり、美紀は奈美にそう言ったが段々と亡くなった母の口調に似てきたことを自覚して思わずクスリと笑ってしまった。

「暑い中御苦労様でした。厄介な所って?」

カウンター席に座った美紀の前にアイスコーヒーの入ったグラスを置きながら奈美が訊いた。

「川向うの酒屋さ。今の旦那は三代目でね、旅館やホテルに収める口を当て込んで店を大きくしたんだけど上手くいかなくてね。噂じゃ借金の返済に苦労してるらしいの。それで近頃女将さんがカリカリしているっていうわけなのよ。商工会もよくもまあそんな所から寄付を集めよと言えたものだ。まるで鬼だよ、あの連中は」

美紀はそう言ってアイスコーヒーをストローでズーズーと音を立てて飲み切った。

「でもね、あそこの女将さんも可哀想なもんだ。昔は羽振りが良くてね。流行り物は酒屋の女将さんを見ればわかるとまで言われたものさ。商売はね、ここぞという勝負所も巡ってくるが、手堅く身の丈に合ったようにやるのが一番さ」

美紀はそう言い残して台所に入っていった。

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次回更新は1月23日(木)、22時の予定です。

 

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