店を出ようとする僕の背後から、仲間に抱えられたリーダーが何か叫んでいたが、僕は「立ち上がってから言え、バーカ」とだけ言った。
店を出てしばらく歩き、振り返った。誰も追ってきてないことを確認すると、僕は近くのベンチに座りこんだ。
とんでもないことをしてしまったという恐怖か、冷めない興奮か、ずっとドキドキしている。
でも僕の胸には、全てが報われたような達成感があったのだ。
「やっと本物になったぞ」
僕はポツリとそう呟いた。
自分の拳を見つめる。拳は赤く擦りむけていた。興奮なのか殴った痛みなのか、拳は震えていた。
「何にでもなれるよ、お前なら」
隆志の言葉が蘇る。
「そうだ。これからだ。まだ何かになれるんだ」
僕は立ち上がると、とにかく走り出した。
街を抜け、田んぼ道になってもどこまでもどこまでも走った。
ベタかもしれないが、どこかで見るような映画の終わり方かもしれないが、とにかく走りたかった。
「俺はこれからだ、なんにでもなれる」
アドレナリンが出てるからか、全然息が切れる気がしない。なにかやばい薬でもやったかのように気持ちが高揚しているのが分かる。圧倒的な無敵感。
本物になった男、木本しゅん、攻撃力3000守備力2500.伝説のブルーアイズホワイトドラゴン級だ。
どうする? やっぱりこれからもう一回、金髪坊主に喧嘩でも売りに行くか? 向こうが就活中なんて関係ない。俺がぶっ飛ばしたいからぶっ飛ばすんだ。
それかキツネ目オヤジは? 満里奈とも別れたしもう関係ないが、あいつがのうのうと生きているのはやっぱり腹立つ。もう一回電話するか?
いや、この際もう相手は隆志でもいい、今の俺なら絶対に負けない。
一撃であの男をぶっ飛ばせたんだ。どうする? 今なら、今ならなんでもできる。
「うおおー!」
深夜の空に叫ぶ。俺はもう永遠に走れるんだ。
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本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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