僕の大学デビュー天下取り物語
そう、もうあの日のオレじゃないんだ。
記憶が走馬灯のように蘇ってくる。
初恋の子にあげたはずのペンを持っていたヤンキー。
「クローズZERO」を見たときの雷のような衝撃。
あの日、金髪坊主の顔に情けなくペチンと当たった僕の拳。
その後、馬乗りで死を覚悟するほど殴られて、「助けて」と懇願したこと。
隆志に言われた「ダサい」という心を切り裂く言葉。
そして、大好きだった満里奈の一言。
「しゅんは許せないんだよ」
そうだ、俺は許せないんだ。あの日の自分が許せないんだ。だから、ここまで来たんだ。その全てが、今の僕に力をくれる。
今震えてるのは決してビビってるからだけじゃない。初めてのボクシングの試合とは違う。今度こそ、武者震いだ。
金髪坊主達の元へ近づくと、まずは先ほどバカにしたようにこちらを見てたチビに話しかけた。
「なにヘラヘラしながら見てんだ、お前」
自分でも落ち着いた感じの声が出せた。
大丈夫だ、冷静だ。僕はやれる。
「ぶっ飛ばしてやろうか、お前?」
チビは目を丸くしてこちらを見てるだけで、黙っている。ビビったのだろう。
続いて僕は金髪坊主の方を向いた。
「なあ。昔、オレをボコボコにしてくれたよな? もう一回、リベンジさせろよ」
言った。とうとう言ったぞ。ついにこのときが来たんだ。
金髪坊主はしばらくこちらを見つめると、一言だけこう答えた。
「いや、就活だから」
世界が止まった。
今、金髪坊主はハッキリと断った。僕の喧嘩の誘いを。
え? なんて? コイツ今なんて言った?
就活中? え? シュウカツ?
僕が困惑して立ち尽くしてると、そのチビがポカンとした顔のまま、言ってきた。
「いや別にオレ見てないんだけど……今みんなで就活の話、してたし」
見てない? え? 勘違い?
金髪坊主達は煙草を消すと、そのまま「ヤバいヤツに絡まれた」みたいな感じで立ち去っていった。僕はただ呆然と、その背中を見送る。
金髪坊主は、前に進んでいた。
僕を置いて、前へ進んでいたんだ。
そして今、ハッキリと思い出した。僕はもう大学4年生だ。国立大学の4年生。みんな髪を黒にして、社会人になるために歩き出している。
僕だけがリベンジのことを考えて、鼻を曲げながら必死にボクシングをしていた。就活という2文字なんて考えることもなく、ただ。強くなるためだけに。
立ち去った金髪坊主達の背中は、もう見えなくなっていた。1人喫煙所に取り残された僕の前で、消えきっていない煙草の煙が、虚しくゆらゆらと揺れていた。