京子は最後を曖昧にした。そして、付け加えるようにして微笑んだ。

「今ハ大丈夫ダヨ」

「結婚した頃かぁ」

結婚した時の誓いの言葉に、「楽しい時も、苦しい時も、共に分かち合い、白髪となり」というのがある。

私はその頃、ういういしい京子を一生守れることへの喜びで、感激して神の前で契約を交わした。災難からであろうが、危険からであろうが、あらゆることから守り、自分の人生計画の中に、京子を組み込んでいく儀式だと興奮していた。男はいつも自分が優位な立場にいると思っている。

妻が亡くなってから、たった一人の息子とも音信不通になったという、A病院で出会った初老の佐山さんの言葉が、訳もなく脳裏をよぎった。

「妻を、亡くなる前に失いました。その数日後に家族、全てを失いました」

私も妻が不治の病になるまでの四十数年間、深く考えることもせずに、一方的に守っているつもりになっていた。仕事にも励んでいることで、家族というものも守っているつもりだったが、本当は京子が家族を守っていたのだ。

そのことにおぼろげだが、歳を重ねていくうちに気付き始めた。今、考えれば、私は自分以外のものを守るなど到底できやしないことだと悟った。妻を眺めて、家族を眺めていたに過ぎない。それなのに、男というだけで大きな顔をしてきた。

【前回の記事を読む】ALSの妻の足が動いた。病状が好転したと思ったのに…。作業療法士は「ごめんなさい。本当にごめんなさい」と…

次回更新は1月3日(金)、21時の予定です。

 

【イチオシ記事】ホテルの出口から見知らぬ女と一緒に出てくる夫を目撃してしまう。悔しさがこみ上げる。許せない。裏切られた。離婚しよう。

【注目記事】「何だか足がおかしい。力が抜けて足の感覚がなくなっていくような気がする」急変する家族のかたち