他人はよく見もしないで、亜希子の小箱すらも褒め讃えるに違いない。けれどもその表面を飾るのは、色とりどりの宝石などではなかった。そこには亜希子の心が流す血を糧として、ありとあらゆる負の感情が醜く蠢き這いまわっていた。

そんな亜希子を心から受け入れてくれる人が、何処にいるというのだろう。たとえ亜希子がこの街に姿を消したとしても気づきもせずに、通り過ぎて行ってしまう。亜希子にとって、他人とはそういうものだった。

その幹線道路を渡った先にある公園の脇には、高架の上にあった路線とは別のこぢんまりとした駅があった。改札を通り抜けた亜希子は、そのまま上りホームのベンチに座り込んでしまった。

春彦宅から二時間は歩いただろうか。もう立ち上がることすらできそうにない亜希子は、乗客をほとんど乗せていない上り電車を既に数台見送っていた。

バッグの中では、先ほどから携帯が鳴り続けていた。それにふと気が付いた亜希子の目に飛び込んできたのは、アルファベットのEの文字だった。

春彦とのことでも動じなかった亜希子の心が、今揺れていた。

   

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