⑧新唐書(しんとうじょ)(巻百(かんひゃく)九十二・忠義列傳中第百(ちゅうぎれつでんちゅうだいひゃく)十七・顔杲卿(がんこうけい))

【23】「顔杲卿(がんこうけい)」

 

唐(とう)の時代(じだい)(西暦(せいれき)700年(ねん)位(くらい))の頃(ころ)のお話(はなし)です。

唐(とう)の顔杲卿(がんこうけい)は常山(じょうざん)の太守(たいしゅ)になりました安禄山(あんろくざん)という者(もの)が反乱(はんらん)して急(きゅう)に城(しろ)に攻(せ)め込(こ)んできました。

杲卿(こうけい)は、兵(へい)を集(あつ)めましたが、わずか八日(にち)。守備(しゅび)を整(ととの)えることができませんでした。

賊将(ぞくしょう)の史思明(ししめい)等(ら)は、兵(へい)を率(ひき)いて城下(じょうか)まで押(お)し寄(よ)せてきました。

杲卿(こうけい)は日夜(にちや)、城(しろ)を守(まも)り戦(たたか)いましたが食料(しょくりょう)もなくなり、ついに力尽(ちからつ)きて敵兵(てきへい)に捕(と)らわれてしまいます。

敵(てき)は杲卿(こうけい)を脅(おど)して配下(はいか)にしようと考(かんが)えました。杲卿(こうけい)は目(め)を怒(いか)らせて敵兵(てきへい)に対(たい)して罵(ののし)って言(い)います。

「豚(ぶた)、羊(ひつじ)、犬(いぬ)のおまえたちは何者(なにもの)だ。早(はや)く私(わたし)を殺(ころ)せばいい。私(わたし)は国(くに)のために敵(てき)を倒(たお)す。残念(ざんねん)な思(おも)いがあるとすれば、おまえたちを斬(き)ることができないことだ。誰(だれ)がおまえたちの反乱(はんらん)に従(したが)うものか」

敵将(てきしょう)の禄山(ろくざん)は大変(たいへん)怒(いか)り、杲卿(こうけい)を天津(てんしん)橋(きょう)の柱(はしら)に縛(しば)り付(つ)け、体(からだ)の肉(にく)を裂(さ)いて苦(くる)しめました。

すると、杲卿(こうけい)は、さらに罵(ののし)って口(くち)を閉(と)じることがありません。今度(こんど)は、さらに杲(こう)卿(けい)の舌(した)を切(き)りました。

そして、言(い)います。

「また、大声(おおごえ)で罵(ののし)ってみるがいい」

杲(こう)卿(けい)は意地(いじ)を通(とお)して亡(な)くなりました。

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