「残念ですが、完治の薬も病気の進行を止める薬もありません。県内で、他にビタミンB12の大量投与という治験があるにはありますが、発症して一年という条件があるので、奥さんには該当しません。現状で奥さんの身体の機能が生きている部分が認められますので、このままラジカットを続けるということで、どうでしょうかねえ?」
先生は急に自ら折れた態度で接してくれ、優しく感じられた。私は救われる思いがした。そして残念ながら延命した期間については、数値化できないということが分かってきた。
自分の気持ちが落ち着いてきたことで、しだいに熱心ないい先生として、私の中で変化していった。
「本当に、何もないですか?」
「本当に何もないんです」
最後のあがきだった。短時間で終わると予測していたのか、先生はファイルをめくって、時間を気にし始めているのが分かった。
すでに十五分が経過していた。その時になってはじめて、本題は他の所にあるのかも知れないと思った。もう、結論を出さねばならない時期なのかもしれない。少なくともプラセボ効果はあったかもしれない。そう考えを変えると、
「是非、続けてお願いします」
と、私はいきなり頭を下げた。
京子の病の進行よりも私が前に出るためには、何かしていなければ自らの不安に追いつかれそうになる。ラジカットを続けるお願いをすることで、追い詰められた気分が、少しだけ軽くなったような気がした。
「いいですか。ここからが重要なところなんです」
先生がいつの間にか威厳を取り戻したように、やや語気を強めた。わざと言葉を区切って、ボールペンで書類に線を引きながら、目を大きく見開き、私に素早く目配せをして言った。
「次のラジカットまでに、気管切開をして、TPpV方式(気管切開を実施した人工呼吸療法)にするかどうか、確実に、決めておいてください。よろしいですか」
眼鏡越しに私の目を覗き込み、最後の確認をした。