三度目の電話で連絡が取れ、良知劉生の妹ですがと名乗ると、
「まあ、優子ちゃん!」
一度も会ったことはないのに、懐かしむような声が受話器から聞こえてきた。
「優子ちゃんなのね!」美津子さんは二回もわたしの名前を繰り返した。「電話をくれてありがとう」とも言った。用向きを考えると、その熱烈歓迎ぶりが面映ゆかった。しかし次に「劉生さんはお元気ですか」と、これはちょっと他人行儀な口調で訊かれ、あたしは即座に固まってしまった。
見当違いの相手に電話してしまったのだ!
考えてみれば、おにいちゃんが大学を卒業してからもう四年も経っているのだから、恋の賞味期限が切れていてもなにも驚くことはないだろう。いや、そのときのあたしは驚くというよりも、おにいちゃんを心底気の毒に思ったのだ。ああ、やっぱりダメだったんだね、と――。
美津子さんのおとうさんは外務省の、キャリアというのだそうだが、中国大使を務めたこともあるエリートで、つまり美津子さんは超お嬢様なのだ。そのことを初めて聞いたとき、話をするおにいちゃんの表情があんまり暗かったものだから、わたしは、へ、すごいじゃん、と言ったっきり黙り込んだ。おにいちゃんも不機嫌に口を閉ざした。
まあそれはともかく、美津子さんとの電話でわたしはしどろもどろになり、電話した理由をバカ正直に話してしまったのだ。ちょっとの沈黙のあと、美津子さんは急にサバサバした口調になり、
「そういうことならカコに訊いてみたらどうかしら」と言った。
「きっと、カコといっしょだと思うわ」
え? おにいちゃんは過去といっしょ? 美津子さんとの思い出にひとりで浸っている?
「彼女の勤め先なら知っているから、電話してごらんなさい」
え、彼女? あたしは混乱した。混乱しつつも、自分が相手にとても言いにくいことを喋らせていることがわかってきて、申し訳なさに電話口で赤面した。
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次回更新は11月29日(木)、21時の予定です。