「うまいじゃねーか。千春にしては」

久しぶりに褒められた。千春にしては、というのは余計だが。

「これからは、千春の作ったメシを食ってから出勤しようかな」

それは勘弁してほしい。こっちは何かと忙しいのだ。

「なんだ、嫌か?」

顔に出ていたらしい。

「どうなんだ?」

返事を渋った。

「まあ、いい」

珍しく、あっさりとひいてくれた。いつもの父なら突っかかってくるのに。仕事を休めるから、機嫌がいいのかもしれない。

「早いけど、寝るとするか」

両手を床につき、片膝を立て、ゆっくりと立ち上がると、父は寝室に向かった。その足取りは重い。コルセットをすればいいのに「めんどくせー」と言って着用しない。ぎっくり腰が完治するのはいつのことだろう。わたしには仕事をさぼろうと引き延ばしているとしか思えなかった。父が家にいる時間が増えるだけ、大学ノートの謎を解くのが遅れることになる。

父はやっぱり何かを隠している。

常に寝室に鍵をかけているからだ。

昨日の真夜中、わたしはふと目が覚めた。そのとき、父が寝室を出てトイレに入るのが音でわかった。父にはトイレにこもる癖がある。トイレの中には父の好きな漫画本が何冊も並べられていて、心ゆくまで過ごすことができる。

今がチャンスかもしれない。わたしはそう思い、自室から寝室へと足音を忍ばせていき、ドアノブに手をかけた。ところが、鍵がしっかりとかかっていた。トイレにいくときでさえも鍵をかけるという用心深さに、わたしは父に対する疑いを強めたのだった。「なあ、千春」

寝室の前で、父が振り返る。

「何?」

「最近、何かいいことあったのか」

「どうしてそう思うの?」