「失礼しました。憧れの車を運転できると思うと嬉しくて。気をつけます。アドバイスありがとうございます。申し遅れましたが改めて挨拶させていただきます。亀井と申します。よろしくお願いします」
そう言いながら、濃紺の名刺入れから名刺を出して挨拶をした。若くて一見軽そうな印象だがまともな対応だ。
「僕は角野です。ところで僕に薦めたい車はありますか?」
「角野さんにはシビックTYPER以外に考えられません」
シビックのTYPERは凄い性能の車だと聞いていたが、新車価格が500万円もしていたので完全に想定外の車だった。
「でも中古でも高いでしょう」
「今日ご紹介するTYPERはフルモデルチェンジした8年前の車ですが、最大限値引きさせていただきます。角野さんのMR2のTバールーフは人気車種ですが、随分前の車なので程度がよい車はもうあまり残っていません。車の調子に問題がなければ下取り価格は相当高く、新車時の価格を超えることもあります。ですから、まずTYPERを試乗してみてください」
結局、白いTYPERに試乗することになった。車に乗って、まずバケットシートのホールドがしっかりしていることに驚いた。普通の乗用車の雰囲気ではない。レーシングカーの感覚だ。エンジンをかけたときのエキゾースト音も心地よい。
車を道路に乗り出して、アクセルを踏んだ瞬間に思わず「えっ」と声が出そうになった。ハンドルもサーキットを走る車のようなレスポンスだ。ギアチェンジしてトップスピードに持っていく。シフトアップしてアクセルを踏むたびに前からの重力によって背中がシートに押し付けられる。これは凄い。
2000ccのエンジンで、ここまでのパフォーマンスが出せるとは驚きだ。足回りもがっちり固めてある。乗り心地は家族で使えないというほど硬くはない。欲しくなってしまった。その気持ちを見透かされたように聞かれた。
【前回の記事を読む】ある朝、ショーウインドーのガラスに黒い外車が突っ込み、中からは軽薄そうな若者が。更には「代車を出せ」と言ってきて...?