俺は顔を上げて父の顔を見た。父は和讃の本に目を落とし、皆に合わせてかすかな声で歌っていた。
「おばちゃんだけ真っ白」
俺は思ったことをそのまま父に言ったのだが、御詠歌の合唱がその声を打ち消した。父は俺の声が聞こえたのか、わずかに頷いたように見えたがそれ以上の反応はなかった。
そして、次に「おばちゃん」の方を見たときには、もうそこにはおばちゃんの姿はなかった。このあと、俺はまた眠ってしまったのだろう。それ以上の記憶はない。
*
それから半年ほど経った夏のある日のこと、あれはたぶんお盆の頃だったのだろう。夕刻になって多少暑さがおさまったものの、風がなく蒸し暑い空気が残る我が家の食卓では、扇風機が首を振りながら生暖かい風を運んでいた。
食卓では、姉がテレビに一番近い特等席を占領して、父は姉の頭越しにテレビを見る。そして俺は父の右隣で子ども用の高い椅子に座らされていて、夕飯どきはいつもテレビを見る父の後頭部を眺めてご飯を食べていた。
父は、休日にはいつも公園などで一緒に遊んでくれたが、夜になるとなぜか俺を見ないように背を向けてしまう。それが寂しいというより不思議だった。