「おまえには角が二本ある」
それが、何かすごく大変なことであるということが、爺ちゃんの表情に表れていた。
「わしらのご先祖様の始祖である上田八郎太という人は、生まれながらに二本の角を持っていた。だが、二代目以降のご先祖様は、いずれも角が一本しかなかった。わしもそうだ。ところが、今おかしな具合になってきている。おまえの父親の幸一は、直系であるにもかかわらず、とうとう今現在まで角が生えてこない。そして、それを取り戻すようにおまえの頭には角が二本ある。二本角というのは始祖八郎太以来初めてのことなんだ。先ほどは『噂話』と決めつけたが、おまえにも八郎太のように大きな力が備わっている可能性がある。わしはそれを見届けてから死にたいと思っているんだよ」
「自分の嫁を決めること以外の力ってことだね」
俺は、心を決めた。嫁のことはもう何も考えないことにした。ただただ運命に身を任せようと思った。会場、庭の準備がほぼ整ったところで、俺はお婆ちゃんに手伝ってもらい、黒の五つ紋付羽織に袴を身に着け、腰にはきらびやかな装飾を施した先祖伝来の脇差を挟んだ。そして、おもむろに会場に向かった。
*
司会進行の脇坂さんが五つ時を告げ、花嫁の迎えを指図してから十分ばかりが過ぎていた。それがすごく長く感じた。俺に嫁の当てがなく、心の中でも希望しなかったことで、運命が狂ってきたのだろうか。
そう思ったときだった。玄関から大太鼓をどーん、どーん、と鳴らす音が聞こえてきたかと思うと「花嫁ご到着―」と、殿様が出座するときのような、語尾を延ばす大きな声が聞こえた。場は一気に静まり返った。
俺は興味津々だった。俺の嫁になる女性とはいったい誰なんだ。それは、爺ちゃんの話を聞きながら思い描いていたとおりの光景だった。百目蝋燭の柔らかい光に照らされて、白無垢姿の花嫁が介添人に手を引かれ、ゆっくりと外廊下をやってくる。目を凝らしてみたが綿帽子で顔は見えなかった。