第五章 話し合い

崩壊寸前の家族

しばらく実家にいた夫は、猛省して帰ってきたはずだった。

しかし気がつけば、大声で怒鳴り散らし、目はギラギラ、濃い味つけが大好きなマイケルがリビングに居座るようになっていた。

「おい! こんなもん食えるか、食わない」

「食べないなら出て行けばいいじゃない。反省全くしてないじゃない」

私への対応は、乱暴な言葉で、何でもあしらうような返事になっていった。私もいらつきで酷い言葉になっていった。マイケルには記憶がないし、その記憶を継続することもない。マイケルと会話をしても何も進展しないことがわかった。

「言い返しても仕方ないか……」

誰も返事をしてくれるわけではなく……

「私が結婚したのは、マイケルじゃない」

独り言で自分に言い聞かせる。

そう、マイケルと呼び始めた理由は、私の精神状態を安定させるためだった。夫だと思ったら、離婚しかない、と思ってしまう自分に対して、何か良い方法があるのではないかと自分に言い聞かせるためだった。だから、呼び名は、同じ「ま」がつく外国人を選んだのだ。

今までは、夫が疲れたときや夜だけ、夫の身体を乗っ取るかのように現れていたマイケルが、最近は、毎日現れるようになってきていた。さらに、少しずつ居座る時間が増えてきた。夜だけでなく、夕方や午後からと長くなりはじめていた。

「誰だよ、このコップ置いたのは。置いている位置が違う。布巾はこの位置じゃない」

キッチンに立った夫は、見えたものを片っ端からすべて言って歩きはじめた。小さなこだわりを積み上げていき、自分が心地良い居場所と時間を確保していく。超超超性格が悪いマイケルがいた。

優しく、ひたむきにがんばる夫の姿、素直で周りを笑顔にさせてくれる夫が好きだったのに、もう前のような優しい夫は戻ってこないかもしれない。

悪い方に考え始める自分がいることに気がついた。どんどん孤独という黒いモヤモヤが大きくなり、私は、イライラすることが多くなっていった。

中学生の息子にとっては辛い出来事だった。学校を休みがちになり、さらに家の中が殺伐とした空気となった。妊娠中の私には、もう限界だった。

このままでは家族が壊れてしまう。マイケルが長時間出現するようになったこと、いやいや、夫の高次脳機能障害の症状が長時間出るようになったことを脳神経外科の黒木先生に相談した。

「どんどんと症状が悪化していて、このまま症状が進行すると本人がいなくなってしまうのではないかと思います。治す方法はないんでしょうか」

黒木先生からは解決方法の言葉ではなく、一枚のパンフレットを手渡された。 

「ここに行ってみてはどうでしょう。同じ症状がある患者さんやその家族が集まる会です。これに参加してみたらどうでしょうか」