愛しき女性たちへ
四
だが昭夫のようにちゃんと治療を受けることによって、発症する前と同じように人生を送ることが出来る人間もおり、その決断をしなければならない時にどのような判断を下すのか、秀司は自分でもわからない。
今の仕事の状況、愚痴や文句、共通の友人たちの消息、今後の身の振り方など一通りのサラリーマントークをしているうちに、酔いも回って口も軽くなる。昭夫は自分が年下だということをわきまえて、秀司に対して丁寧な言葉を使う。
「嫁とは普通の夫婦をやってますが、エッチは二十年前に卒業ですよ。性交痛ってやつですかね。痛いからと拒絶されて。子供一人産んでるんですけどね。もうこんな歳だし、お互いとっくに興味も無いんです」
昭夫は妻のことを「嫁」という。深い考えがあるわけではなく、「妻」などという気取った表現の逆で、「うちの奥さん」というほどに尻に敷かれていないぞ、という意思表示でもあり、男気を感じさせる言葉だと誤解している多くの人から受け入れられているので今でもよく使われる言葉だ。だが秀司には少々違和感がある。
嫁、女房。いつの時代の呼び方が続いているのだろう。
「でも性欲の処理は必要だよね。それも興味が無くなった?」
「まさか! あれだけはいまだに大好きですよ」などと言って笑う。
「実は、今面白いサイトにはまってましてね。いわゆる出会い系みたいなもんなんですが、ちょっとお勧めのサイトがありますよ」
昭夫がスマホで見せてくれたのは、多くの女性の顔写真と簡単なプロフィールだった。
「出会い系って何となく怖かったんですが、これはマッチングサイトと言うらしくて、口コミなんかでもトラブった話はあまり聞かないんです。例えばこの女性、スッゴイ美人でしょ? この人、僕のプロフィールを見て先方からメールしてきたんですよ。
話が上手すぎやしないか、会ってるところに怖いお兄さんが登場するんじゃないかと少々躊躇したんですが、思い切って会ってみたらプロフィール通りで全く問題無かったんです。しかも写真の通りのこんな美人に本当に会えるものなんだと感激しました」