すれ違う人に会釈をした。相手も会釈をしてくれた。出会った人から、

「どちらからいらしたのですか?」と聞かれた。私は、

「千葉から来ました。家族の健康祈願のために、お参りしています。今、私にできることは神にお祈りすることだけなんです」と返答した。その方も、

「私も、家族の健康祈願のためにお参りしています」と言った。心が和んだ。

私は、千恵ががんを患い、自分だけが悲劇のヒーローであるかのように思っていたが、私と同じような状況の人が、大勢いるのだと改めて知った。

最初に行ったお寺の住職に、

「私の家内ががんを患っています。日増しに進行しています。私は何もできず指をくわえて見ているだけです。私に何ができるのでしょうか?」

と尋ねてみた。住職は、

「奥様は、あなたやご家族が喜び、健康でいられることを願っていると思いますよ」

と答えてくれた。私は、

「ありがとうございます」

とお礼を言っただけで、他に何も言わなかった。

千恵と付き合い始めてから今日に至るまでの、喜んだ時の顔を思い浮かべながら、そのお寺を後にした。