【熊野岳(山形)】大きな石になろう 1988年7月
思いついた合併歩行
私は車の免許を取るのが遅かった。
取得したのは50歳1ヵ月過ぎたときである。免許を取って1年が過ぎると、どこか遠くに出かけたくなった。
名古屋・大阪方面は車が多そうで初心者には心配だが、東北なら比較的すいていそうだ。
ほとんど同時に免許を取った妻のN子と計画してみたコースは、東北自動車道の久喜IC~(高速道)~白石IC~蔵王~山寺~天童温泉泊~上山~米沢~喜多方~会津若松~郡山ICである。
川越から東北自動車道の久喜ICへ。高速道路に入ってドライブインに何度か寄り、妻と運転を交代しながら、白石ICまでやってきた。
高速を降りると蔵王町から遠刈田温泉へ。そして、どうにか蔵王レストランの駐車場に着いた。夏とは思えないような冷たい風が吹いている。
蔵王レストラン横の石段を登ると、右に刈田岳頂上が見え、左の眼下には、濃い緑色の水をたたえた火口湖・お釜が見えた。お釜はほぼ円形で直径は360メートルあるという。
「綺麗な色だなー」
と私が言うと妻は、
「周りの断崖の色が良いじゃない」
と相槌を打った。お釜の周りを囲んでいる横縞の地層は、まるで色違いの画用紙を幾重にも重ねて裁断機で切り落とした切り口のように美しい。
風は強いが、昨日までの長すぎた梅雨が一気に吹っ飛んだような快晴である。あたりは家族連れやアベックなどのマイカー族がいっぱいだ。
日本百名山に挑戦中の私は、このチャンスにどうしても熊野岳の山頂を踏みたかった。山登りが嫌いな妻をどうやって山頂まで(だまして)連れていくか? 嫌がるようなら、
「レストハウスでお茶でも飲んで待っていてくれ」
と言って、私は一人で山頂を踏んでこようとも思った。
しかし、このくらいのコースなら妻も山頂まで登れるだろうし、コマクサも見せたいと思案する。1800メートルを超える山かげの斜面には雪渓があり、前方には避難小屋と赤い屋根の神社も見えた。
「行ってみようよ、あそこまで」
私には歩く全コースが視界に入っている。妻は返事をしないがついてきた。強い冷たい風が吹く。登るにつれて蔵王はますますその山塊を大きく見せてきた。蔵王は岩手山や鳥海山のように独立峰ではない。下山してくる人が近づいてきたので、聞いてみた。
「あれが頂上ですか?」
「そうです」
やはりそうだった。しばらくして、また下山してくる人に会った。
「コマクサはどのへんにありますか?」
「避難小屋の近くに、いっぱいありますよ」
と教えてくれた。40分ほど緩やかな石ころ道を登っていくと、1840メートルの頂上に到着。赤い屋根の神社があった。
道中の交通安全を第一に、私たちは二人そろって合掌した。神社の後ろの石垣で、風を避けるようにして昼食をとっている二人連れがいた。
「失礼します」