連れの女性に、しかも美しい女性にそう言われて喜ばない男はいないだろう。もちろん秀司も嬉しかった。さすが秀司さん、と言われたような気になり承認欲求が満たされた。男は単純だ。

「今日はお時間の方は?」

幸恵が化粧室に行っている間に大将が聞いてきた。当然同伴だと見抜いている。幸恵はいかにも水商売という化粧や髪型、衣装ではないが、銀座の料理屋にはお見通しなのだ。

「八時過ぎには出たいので、そんな感じのスピード感でお願いします」

美味しい食事と上等なワインを頂きながら他愛の無い話をしていると、あっという間に時間は過ぎて行く。デザートの時間になると幸恵にはろうそくを立てた小さなケーキがサービスされた。誕生日だとは言っていなかったが、二人の会話を聞いて大将が気を利かせたらしい。

秀司も驚いたが幸恵は大層喜び、目をつぶり小さな声で願い事をしてから口をとがらせ、ろうそくの火を吹いた。

「今年こそ結婚出来ますように」

ところがろうそくは消えず、

「そんな願いは受け付けてくれないらしいわ!」と二人で笑った。

「モナミ」の出勤時間は八時半だが初出勤にも拘らず少々遅刻しそうだ。ペナルティを課せられるが、今日は特別な客と同伴だと言ってあるので構わないと言う。「モナミ」へは歩いて五分も掛からない。

「おおたけ」の隣のブロックで、西五番街通りに面したビルの三階に「モナミ」はある。

オーナーが趣味で集めたという十九世紀末のガレやドーム兄弟のリプロダクトものと思われるガラスの花瓶、一目で一級品であることがわかる様々なグラスが飾られたガラスの飾り棚で各コーナーが仕切られ、使い込まれたカーペットが一部は重なるように敷かれている。

ガラスのショーケースやソファーの縁取り、席の仕切りには所々にロートアイアンも品良く使われ、適度に抑えたアールヌーボー様式のインテリアで統一された店内は、銀座の高級クラブの多くがそうであるような過剰にデコラティブな装飾や必要以上の明るさは無くシックという言葉が馴染むインテリアである。