「そらちゃん、今日も一日よろしくお願いします」
食べ終わるとママちゃんは笑顔で言う。そして無邪気にこう言うのだ。
「今日もじゃなくて、これから一生よろしくお願いします。お母さん、そらちゃんがいないと生きていけないからね」
私はここしばらく素直に「うん」と言えなくなっていた。
最近のママちゃんはよく、「一生一緒にいようね、一生よろしくね」と言う。本当に無邪気に、何の疑いもなく。娘に対しての安心感、それが伝わってくる。
ママちゃんのことは決して嫌いではない。嫌いだったら一緒には暮らせない。だが、そこに私の一生がどう入っているのか、最近考えてしまうことがあるのだ。
私自身の人生。私という個人の人生。私はつけっぱなしのテレビを見た。天気予報が今日は晴れると伝えている。窓の外には青空が広がっている。どこかに行ってしまいたい。心のなかでため息をつく。どこでもいい、日常を忘れられるどこかに。
そうはいっても、私はママちゃんの介護がはじまってから一人で遠出したことがない。ママちゃんを何度か旅行に連れて行ったことはあるが、仕事も忙しく、休日も家の用事で終わっていた。一人でどこか行ってみようかな。どこか、海にでも。それも悪くないかもしれない。行き詰った気持ちと持て余した時間を家の中で過ごすよりは、そうしてみるのもいいのかもれない。私にしてはいい思いつきだ、そう思った。
朝八時過ぎ、デイサービスのお迎えが来た。今日は平日、ママちゃんはデイサービスにご出勤の日だ。もちろん利用者として。職員さんがいつものように明るく挨拶をしてママちゃんを連れ出してくれる。ドアが閉まると、私は簡単な準備をして散歩に行くように家を出た。
【前回の記事を読む】高次脳機能障害を持つ母と二人で暮らす。都合のいい記憶と、不思議な行動。
次回更新は8月14日(水)、16時の予定です。