筋萎縮性側索硬化症患者の介護記録――踏み切った在宅介護

カニューレが抜けちゃったの

娘はガタガタと全身が小刻みに震えているのです。あまり事に動じないこの娘が、一体どうしたということなのでしょう。少し落ち着くのを黙って待ちました。

そしてやっと娘の口をついて出た言葉が、
「お母さん、カニューレ(心臓や血管、気管などに挿入するふと目の管)が抜けちゃったの。取れちゃったの」でした。
これにはさしもの鬼婆たる私も驚いてしまいました。

そして娘は、「大分前に日本ALS協会広島県支部の役員をしておられるМ看護師さんが、介護先でやはりカニューレが抜けるというアクシデントに遭遇し、とっさに夢中で『こうして』と言って手をくるりと曲げるしぐさをして、カニューレを押し込んだという話を聞いていたので、それを思い出して、何も考えずに押し込んだの。

うまく入りはしたけれども、私はどうしてやったのか今としては何も思い出せないの。ただただ夢中で・・・」
と真っ青な顔をしているのです。

聞いていた私にも、信じられないことが起こったということが、だんだんやっと実感として伝わってきました。
確かにこの『カニューレ外れ』の話は、私もM看護師さんから聞いていました。その時はあまりにも恐ろしい話で、全身に鳥肌がたち、震えた記憶が蘇ってきました。

しかし、それはあくまでも有り得べからざる他人事だと思いました。まさかそれが現実に起ころうとは・・・。しかもわが家に。

それにしてもとっさに、娘はよくはめ込むことが出来たと驚くと共に、思わずM看護師さんに心から感謝しました。

あの時、M看護師さんの話をまさに他人事の様に上の空で聞いてはいましたが、それがなくては、今度のはめ込みはとても出来なかったであろうと思うと、ただただМ看護師さんに有り難いという気持ちでいっぱいになりました。

翌朝この事実を知った訪問看護師のみなさんは、口々にでかした、でかしたと褒めてくださいました。
ここまで来て娘は、やっと人心地が付いたというような様子でした。