わたしは生まれてはじめて、ひとけのない部屋で寝起きすることになった。工場の寮では、八畳の部屋に三人で暮らしていたので、はじめのうちは、異世界に迷い込んだような気がしていた。
わたしは昨日(きのう)からずっと、ミホの記事のことが気にかかっていた。
ミホは工場でのつらい日々を、涙ながらに語ったという。でも工場での日々って、それほどつらいものだっただろうか。
ミホがそれほどつらそうにしているところなど、わたしは見たことがない。ミホはもともとあまり我慢強い質(たち)でもなく、苦しむほど自分を追い込むような人でもなかった。
他の同僚のことを思い返してみても、たしかに愚痴や不満はあったが、深刻に悩んでいた人は見たことがない。みんなそれなりに割り切って働いていた、というのがわたしの記憶である。
わたし自身にとっても、とくにつらいことはなかった。
わたしは黍良にいた頃、小さな煙草工場で働いたことがあるが、そこと比べると、城屋の工場はむしろ恵まれていた。給料も、いままで働いた中でいちばんよかった。
もちろん世間から見ればひどく安いのだろうが、技能の未熟な者が高給取りというわけにもいかない。衣食住に困らず、仕送りもできていたのだから、不当に安いともいえない。わたしはそう思っていた。
それに優秀な同僚は、かなりいい給料をもらっていたようだった。