第一章 ギャッパーたち
(二)天地紗津季
紗津季は、何気なく、そのパンフレットをめくると、「あーっ!」と素っ頓狂な声を上げた。留美子がびっくりして、思わず口に含んだばかりのお茶を少し噴き出しながら叫んだ。
「何よ、何があったって言うのよ! ただでさえ、落ち込んでるのに、いきなり変な大声出したら、びっくりするでしょっ!」
紗津季は何を言えばいいのか分からず、自分がびっくりしたパンフレットを留美子に示した。すると留美子も、
「えーっ!」と奇声を上げた。
何と、そこに、社団法人権栄会橘病院の写真が載っており、その理事長として権堂栄蔵が写っていたのである。つまり、紗津季の勤務している病院は、権堂商事が経営していることになる。
つまりは、紗津季をこの病院の看護師として採用したのも、看護師の環境の改善をしたのも栄蔵の意思であったことが分かる。
栄蔵の遺言書にあった「紗津季に遺すこの会社は、紗津季のことを考えて経営してきたから、できれば紗津季に引き継いで欲しい」と言うのは、このことかと、紗津季も留美子もようやく理解できた。
栄蔵は妻佳子の眼を盗んで、紗津季のことを考えていた。紗津季が一生懸命頑張って看護師になったこともちゃんと見ていたのだ。栄蔵の大きな愛を感じて、紗津季はこれを引き継ぐことを決意した。
紗津季の実の父親は、権堂栄蔵という実業家であった。もともとは不動産業を営んでいたが、事業を拡大するとともに、金融業の会社も経営するようになっていた。
紗津季の母、天地留美子は権堂栄蔵の愛人であったため、紗津季を私生児として生んで育てた。権堂栄蔵には子供がいなかった。そのため自分の子で、しかも、女の子であった紗津季を、特別かわいがった。
男ばかりの環境であり、その激しい競争社会の中で勝ち上がってきた権堂にとって、自分の子供、しかもかわいい女の子は特に安らぎの存在であったのかもしれない。そのうち、それが正妻に知られることとなった。