第一章  ギャッパーたち

(二)天地紗津季

その上で、長嶋は、「なお、これを相続されるにあたり、栄蔵氏の要望も書かれております」と言い出した。そして、長嶋が示した遺言書の後ろの方に、「付言」として、次のことが書かれていた。

「付言 これは私のお願いであります。紗津季には、できれば認知は望まないで欲しい。身勝手なお願いではありますが、私の亡き後、妻や権堂家との紛争だけはして欲しくない。どうかこの気持ちを汲み取って欲しい。紗津季に遺すこの会社は、紗津季のことを考えて経営してきたから、できれば紗津季に引き継いで欲しい。」と。

留美子も紗津季ももとより、栄蔵の家庭に踏み込むつもりなどなかった。これまでもそうであったが、これからもそれは変わることはない。栄蔵の妻への罪悪感はあっても、何の恨みもなく、むしろ、愛人と子供の存在を知りつつ、このような遺言を認めてくれたことに感謝すらしていた。

そして何より、栄蔵が父であること、そして父として紗津季のことを気遣ってくれていたことが分かったので、それで十分であり、戸籍の記載にこだわるつもりはなかった。それよりも、栄蔵のやさしさが伝わってきて、胸が熱くなる思いであった。感動で目を濡らしていた留美子と紗津季を見つつ、長嶋が続けた。

「そして、この相続にあたって必要となる税金についても、別途、現金でお渡しすることになっております。そして、その税金の申告も、当方の依頼する税理士が処理することになりますので、ご心配はいりません」

紗津季は、何から何まで栄蔵と長嶋の気遣いには感謝しながらも、こう切り出した。

「お心遣いにはとても感謝致しますが、一つだけお願いがあるのですが……」

これを聞き留美子は、この娘は一体何を言い出すのかと、ちょっと緊張した。長嶋は、このようなことには慣れているので、平然として答えた。

「どうぞ、どうぞ、何なりとおっしゃってください。ただ、何でもご要望にお応えできるかは分かりませんが」