鐘の音がやかましい。三味線の音はあまりはっきりしない。極めてリズムが単調だ。踊りも右手右足、左手左足を同時に動かす。盆踊りの中では阿波踊りだけの特殊な動きだ。

しかし、どんなに型を変えたところで同じようなものだ。どの連の踊りも同じに見える。

踊りが始まって30分経つか経たないうちに観光客の一部は飽きてしまって添乗員にホテルへ帰りたいと言い始めた。

徳島市の夏は暑い。ホテルに帰り、ビールを飲みながらテレビの中継を見た方が良い。

踊りが始まって2時間ほど経ち阿波踊りもそろそろ終わりにさし掛かった時 “INTERNATIONAL AWAODORI EVENT”と書いた垂れ幕が出た。

現われた一行の最初のインド人は壺を持っていた。3人が横に並び壺にはそれぞれよく太ったコブラが30センチメートルほど首を出し、アーラエラヤッチャエラヤチャの掛け声に合わせて体をくねらせている。

その後ろではマハラジャが2人、黄金のターバンを巻き、金糸、銀糸の刺繍のある豪華な美しい洋服を着て踊っている。

それに続いて女性10人ほどが赤い服に緑の鮮やかなスカートをはき靴は黄色のハイヒール。南国の花の香りが一面に漂った。阿波踊りの女踊りをやって見せた。

つま先で地面を蹴るシーンがあるが、スカートから形の良い脚が覗いた時観光客の一人は見とれて手に持っていたビールの缶を思わず落としてしまった。高い鼻、エキゾチックな顔付き、細い体、観客は皆固唾を飲んだ。

スペインの一行は闘牛士の扮装だ。帽子をかぶった闘牛士6人は皆口に紅いバラをくわえている。憎い演出だ。闘牛士達は、その逞しい体で阿波踊りを踊った。見ている女性の中からは失神者が出た。最後に闘牛士は観客席にバラを投げ入れた。

それぞれの国の特徴を生かした扮装の阿波踊りは続いた。

私はイベントの先頭の方へ足を急がせた。先頭のグループの狸の姿はなかった。夜の闇に溶け込むように、誰にも気付かれぬように姿を消したのだ。この1ヶ月は忙しかった。狸の横山浩一さんがここまで完璧に仕事をするとは思わなかった。

最後のグループが過ぎ去った。観客は動こうともしなかった。十分に満足し、もう1度見たいと思っているようだった。日本の土着の、最も土着という言葉のふさわしい阿波踊りと西洋の文化のコラボレーションは成功した。私は満足した。

狸の控え室を覗いたが綺麗に片付けられており、足跡も狸の毛1本も残っていなかった。

横山浩一さんがいた。

私が「随分よくやってくださり感謝しています」と言うと、横山さんは「子供の命を助けてくださり有り難うございます。これで少し恩返しができたようです」

「今日、参加してくださった狸さん達に、何かお礼がしたいのですが」

「参加した狸は皆、私の子供の命が救われたことを知っています。あなたのためなら何でもすると言っています。心配しないでください」横山さんはきっぱり言った。

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