私のお父さんとお母さん

不思議とお父さんに怒られた記憶は一度もありません。いつも口数少ないお父さん。

怒るどころかいつも優しすぎるぐらいで、私が何をしても怒らずずっと見守っていてくれました。結婚するまでもしてからも変わらず寄り添ってくれて、ありがとうじゃ足りないぐらいの感謝を伝えたいです。

私が滅多に怒らないのもきっとお父さん譲りかもしれないね。孫が生まれてからは孫が大好きで、たまに見てくれてホント助かっているよ。私が事故に遭った時も凄く心配かけちゃったね……。

事故後は私の友達とも連絡を取り合ってくれて、手紙をもらった時には私が読めるように黙って持って、1枚目を読み終えたら捲ってくれたね。私が好きなお菓子をよく知っていて、差し入れでバニラアイスを持ってきてくれたりハンバーガーショップのポテトもたまに買ってきて食べさせてくれたりしたよね。

ホントにありがとう。

28歳の娘がいきなり赤ちゃんに戻っちゃったみたいで、自分で食べることすらできなくなった姿を目の前にしたお父さんとお母さんがその時どんな気持ちだったのかなと思うと、やるせない気持ちになっていました。

急に、もの凄くお母さんに会いたくなった時もあったよ。お母さんは脳梗塞の後遺症で杖がないと歩けなくなっていたから、お兄ちゃんと一緒にしか来られないのは分かっていたけど、この先どうしたらいいか分からなくなって泣き続けた時に頭に浮かんだのは、やっぱりこれまで私のことを育ててくれたお母さんだったよ。

なかなか会えなかったからこそ余計に会いたくなるものだと思うし、私のことを一番分かってくれていたはず。

意識が戻ってからは常に誰かに傍にいてほしかった。誰もいない時は1人で泣きながら痛みや痒みと戦い続けて、頭がおかしくなりそうなぐらい情緒不安定になっていました。

お母さんが脳梗塞になって倒れてしまったのは私が小学5年生の頃でしたが、幸いにも早期発見だったので、後遺症はそれほど残りませんでした。この時から、人から何か頼まれたら何かしてあげたいと思い始め、自分のことよりも人に尽くすタイプになったのかもしれません。

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