第三 雑歌の章その三
花の顔
「パパはママと結婚してリカが産まれたんだよ」と父親が優しく諭すとそれに反発し、「そんなのダメ、パパは私と結婚するんだから。お母さんは他の人と結婚しないとダメなの。じゃないとリカがお嫁さんに行けないでしょ」と梨花は泣きべそをかいた。
普段はママと言っていたが、その時だけは母親を女性と意識し、「お母さん」に言葉を変えた。
「パパも幸せね。可愛いお嫁さんが傍にいて……これならもう一度結婚できそうね。私も他に誰か見つけないとダメかも」と何度も繰り返す二人のやりとりを聞いて梨枝は苦笑していた。
元来、母親譲りの端正で整った顔立ちではあったが、父親の溢れんばかりの優しさと愛情が養分となり梨花の美しさは年々順調に磨かれるはずだった。
しかし父親との別れがその美しさを曇らせ彼女から光を奪ってしまった。
父親の写真を見ては、「ごめんね。私もすぐにそこにいくから待ってて、もうどこにもいかないで待っててね。一人で寂しくさせてごめんね」と言って泣き、「ママ――早く死んでパパの所に行きたい。一人でかわいそうだから、どうやったら死ねるの」と梨花は母親を困らせていた。
それが落ち着いたのはこもれび中学校に入ってからのことで、入学式で梨花はある女子生徒に目を奪われた。キラキラ光り輝いてなんて綺麗な子なんだろうと見入ってしまい、こんなアニメに出てくる魅力溢れた子が本当に実在しているのかと見惚れてしまった。
同時にその女子生徒も梨花を見て他の子には感じないどこか懐かしい親近感を抱いた。
すぐさま梨花の元に駆け寄った女子生徒は、「私は結城美桜――よろしくね」と梨花に向かって力強く手を差し出すと、「私は美月梨花……よろしく」と梨花は遠慮がちに手を伸ばした。
その手を美桜がぎゅっと握り締めると梨花はそっと握り返した。
同じクラスだったこともあり話をするたびに二人は打ち解けて仲良くなったが、梨花の視線が常にどこか遠く離れた所を彷徨い続けここにはないと感じ、その美しさの底に深い翳りがあることにも美桜は気づいていた。
校庭に面した陽の当たるベンチに座り美桜は梨花をじっと見ながら、「リカ、ちょっと瘦せすぎだよ。顔色悪いし、食事ちゃんとしてるの」と話し始めた。
「してるけど」と答えた梨花の腕を軽く摩(さす)りながら手を握ってまじまじと見つめ、「手だってがりがりだし、冷たくなって血が通ってないみたいだよ」と美桜は言った。
「リカ――私に何か隠していることがあるよね。水臭いんだよ、リカは……」と顔を覗き、「悩みがあるなら話してよ」と言うと、亡くなった父親のことをぼそぼそと梨花が話し始めた。
「なんだ――そんなことか。好きな人でもできたのかと思った。あのね……死んでいなくなった人はもう生き返らないんだよ」とあまりにもあっけらかんと彼女は言い放った。