第二章 偽りの告発

跡地の一角には献花台が設けられていて、百合、凌霄花(のうぜんかずら)、竜胆(りんどう)、紫苑(しおん)などの花がたくさん供えられ、秋の光に照らされていた。わたしと敬明は万寿菊(まんじゅぎく)を供え、亡くなった人たちのために祈った。

立ち去り際、わたしは献花台をもう一度ふり返ったのだが、そのとき突然、自分もいずれ必ず死ぬのだという、ふだんはすっかり忘れている真実が胸に突き刺さった。わたしは異様な恐怖を感じ、足がガタガタ震えた。

「おい、大丈夫か」

敬明が声をかけてきた。わたしは、両手のこぶしで太ももをポコポコ叩きながら言った。

「……うん。なんか急にね、自分のすぐ後ろに、死神が立ったような気がして……」

「怖いこと言うなぁ。事故のショックがまだ残ってるんだろう。あまり無理するなよ」

「うん。……ねえ、敬明はさ、自分が死ぬときのこととか、考えたことある?」

まだ二十五歳の敬明にこんなことを聞いたのは、彼が警察官だったからだ。外国のスパイやその協力者を取り締まる部署にいるという。そこが一般の犯罪を取り締まる部署より危険なのかどうかは、わからなかったが。

「あまり考えたことはないけど」

「わたしは、死ぬこと自体は仕方がないことだと思ってるんだけど、死ぬ前の苦しみとか恐怖とか、そういうのがいやなの。よくお年寄りが、朝になったら死んでた、みたいなことがあるでしょ。ああいうのがいいなぁと思って……」

 

わたしたちは路面電車が走る大通りに出た。休日の午後で、人通りが多い。デパート屋上のアドバルーンが、気持ちよさそうに揺れていた。

わたしは敬明に尋ねた。

「『告壇』って、どういう週刊新聞なの?」

「なぜ、そんなこと聞くんだ?」

「病院に入院してるとき、そこの記者が訪ねてきたの」

「事故のことで?」

「それが、ちょっと変だったのよ。事故のことは聞かないで、工場や寮のことをいろいろ聞いてきたの。安い賃金でコキ使われて、虐待されてるんじゃないか、みたいな感じでね」

わたしは巾着袋から、西純一紀という記者からもらった名刺を取り出し、敬明に渡した。敬明はそれをじっと見た。

「社会問題とか、労働者のことを書いてるみたいなこと言ってたけど」

敬明は少し笑った。

「ものは言いようだな」