いつも、主人の入浴が終わると、美月さんが「終わりましたよ」と声を掛けてくれるので、美代子はその後、身支度をして入浴する。

今日は、夕食がすき焼きだったので、脂ぎった煙が充満した部屋に長話しながらいたから、体中、すき焼きの匂いがまとわりついているようだったので、頭のてっぺんから足のつま先まで、洗剤をたっぷり体に泡を塗りたくり、童心にかえったようにはしゃいだ。

湯船にはいつもは十分以内ぐらいしか浸かっていないが、お風呂場に掛かっている時計を見ながら、汗がにじみ出てくるまで二十分もいた。

先ほどまで読んでいた小説を思い出しながら、主人公の妻がどうして置手紙をして家を出てしまったのか、そこに至る心の葛藤が早く知りたくなって、就寝前にベッドの上で続きを読むのを楽しみにしていた。

美代子は十時のジムのオープンと同時に更衣室に入った。そこにはエアロビクスの初級クラスの顔見知りの数人も一緒だった。軽く会釈をした。

室内は女性の化粧品の香りが入り混じって特有の匂いが充満していた。美代子はその場から少しでも早く逃げ出したくて素早く着替えてフロアに出た。

美代子の今日のウエアは、上は白のTシャツに、下は黒の長いパンツにした。周りの人を見ても何着かのスポーツウエアを順繰りに着まわしていることが分かった。

レッスンが始まる間際に、篠田さんが「山形さん、おはようございます」と息を弾ませていつもの定位置に陣取った。

「今日は家を出ようとしたときに電話があったもので、いつもの電車に乗り遅れちゃったの」そう言いながら清々しいにこやかな顔でレッスンが始まるまでの間、体を好きなように動かしながら、朝方の硬い体をほぐしていた。

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