「はじめまして、私が弁護士の長嶋貴文です」とまず自己紹介し、「私は、権堂氏の経営する会社の顧問弁護士をもう長年させていただいております。その関係で、権堂氏ご自身の遺言の作成にも携わっておりました。早速ですが……」と言い、公正証書遺言を紗津季の前に差し出した。
紗津季も留美子も初めて見る遺言書に緊張して、思わず背筋を伸ばしていた。長嶋は、「まあ、そんなに緊張なさらずとも結構ですよ。まずはこれを見てください」と言い、遺言書を開いて、肝心の箇所を示した。そこには、
「第三条 遺言者は天地紗津季(住所〇〇、平成〇年〇月〇日生)に対し、下記財産を相続させる」とあり、その下欄には「記 株式会社権堂商事の株式弐萬株」とあった。
紗津季も留美子もその意味が理解できなかった。その表情から、長嶋弁護士は
「何のことか、お分かりにならないかとは思います。こんな会社の名称と株式と言われても」
と言い、会社の説明をした。
「この会社は、権堂社長が一代で作り上げた会社で、金融、つまり、銀行のような仕事をする会社です。社員は二十名ほどですが、その資産は、貸金債権や他社の株式等でおよそ数十億になると思われます。この金額の詳細は、今後、相続税の申告のために評価することになりますので、またお知らせ致します」
話が大きすぎて、留美子も紗津季も内容が頭に入ってこない。そんな様子を見た長嶋は、
「ちょっと分かりにくかったかと思いますが、要は、他の会社とか債権とかの資産を保有して管理していると思っていただければ結構です」
紗津季は、
「で、それを私が引き継ぐってことですか?」
「はい、そういうことになります」
「そんなの、私にできるはずがありません。無理です、無理です」
「もちろん、あなたが社長になって、直接に経営されることもできますが、あなたはオーナーとして、経営は他の人間に任せて、配当だけを受け取るということもできますし、どうしても不要ということであれば、第三者に売却する方法もないではありません。ただ、その内容を一度ご覧になってから、結論はそれからで結構ですので、まずは一度、お考えになられてはいかがかと思います」
と長嶋は言い、資料として、会社の概要を紹介したパンフレットと決算書類、そして、会社の登記簿謄本を渡した。
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