「白川郷は米が取れなくて下々の村だったのは確かですが、他に特別な収入源があったはずです。普通の経済では、そもそもこんな家は建てられないし、家の維持だって莫大なお金がかかっているはずなんです。それで、ちょっと教えてください。この村で塩硝を作っていたということなんですが」
すると太一郎はっきりわかるくらいイヤな顔をした。篠原は気が付かない振りをした。
「塩硝のこと、村史にも書いてあるし。ちゃんと調べようと思ってます」
すると今まで静かだった太一郎が、
「聞いとらん。塩硝なんて聞いたことない。塩硝はこの村では作っとらん」
険しい顔になって怒鳴った。どうしたのだ? 塩硝の話をするとどうして怒るのだ?
篠原が困っていると、太一郎は荒々しく立ち上がり、
「帰るわ。裕也、話がある。ちょっと来い」
河田に命じて出て行ってしまった。河田もあわてて太一郎のあとを追って出て行った。何が何だかわからなかった。塩硝と言っただけだ。それがどうしてこんなに怒らせてしまうのか。もし、次に口に出せば河田本家から、
「篠原君、村から出ていってくれまいか」
そう言われそうだった。触れてはいけないことに触れたようだ。塩硝のどこが触れてはイケナイことなのか? そういえば役場で塩硝のことを聞いた時も、イヤな顔をされた。