英良はレントゲン室から左へ折れ通路の階段を五段ほど降りて真っ直ぐ行き、突き当りを右に行くとエレベーターホールへ着いた。英良は五階のボタンを押したがエレベーターはなかなか来る気配がなく、四階で長く停まりそこから暫く動かなかったので英良は階段の扉を開け中へ入った。
階段というものはいかにも飾り気がなく殺風景なものだ。要するに人の上下の移動しか用途がないのでコンクリートが剥き出しになり照明は薄暗く、今も以前も人が通った雰囲気さえも感じないばかりか足音だけが不自然に反響して耳に入ってくる。
英良は階段を二段飛び越して上がろうとして中途半端に足を上げ、蹴躓(けつまず)きそうになり危うく手をついて転びそうになった。足がばたつき足音とは違った変な不協和音が階段の上方と下方からこだまする。
その時ふと壁を見るとシミがあり、見方によるといろんな解釈ができるものだ。ある一つのシミが死んだ父の顔に似ていて、その顔は見方によるとしかめ面にも見え或いは怒った顔にも見えた。
三階の踊り場に着くと非常出口の緑色の掲示板が目に付いた。いつものようにマッチ棒を数本くっつけて擬人化した人が走って逃げて行く様子が奇妙な印象だ。何故この時に死んだ父のことやマッチ棒の人型のものが頭をかすめていくのか不思議な気がした。
何の変哲もない単調な階段を上がっていくと、どこを上がっているのか、今はどの辺を上がっているのか皆目分からなくなる。英良もこの時、階段を上がっているとどの階なのか分からなくなってきた。
五階のフロアーに着き、両足がパンパンに張りくたびれてきた時に五という数字が入った電光掲示板を見てやっと五階だと分かった。乱れた呼吸を整えるために英良は三回深呼吸を行ったもののまだ息が乱れていたのでもう二回深呼吸をした。