「奥さん、それならわざわざここまで来られなくて大丈夫ですよ。ご主人は回復次第、退院できる状態です」
「すいません。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。よろしくお願いいたします」
智子はどういう経緯で祐一が世間を騒がせる事故を起こしたのか、すぐにでも病院に見舞いに行って詳しく聞きたかったが、体が言うことを聞かない。ここは、お願いすることにした。
3日後、祐一は退院した。祐一の身柄は横浜市中区の警察署に連れていかれることとなった。事件・事故の両面で捜査された結果、事件性はないということで、飲酒航行という罰金刑になった。
それに加え、小型船舶操縦者法第二十三条の三十六に基づき、再教育講習を受けることになった。日本中を騒がせた事故とはいえ軽い刑であった。ただしこの事故は、漂流事故と名付けられ、国と国を巻き込んだ重大な事故である。警察から厳しく注意された。
自由の身とはなったが、祐一はここからが正念場だった。何しろ、沖ヶ島に帰らないといけない。「また、症状が出たらどうしよう」という不安障害にさいなまれ、どうしても沖ヶ島には帰れそうもない。
しかし、そうは言っても家にはどうしても帰らないといけない。当然だ。大事な家族が待っている。電話で智子が体調を崩したと娘の恵理が言ったが、智子は智子でどうしても夫を迎えに行きたがった。
しかし、この頃までは仲の良い家族だったので祐一は「いいからお母さん、無理するな。俺は一人で大丈夫だから寝てろ」と祐一は電話でやせ我慢した。この優しい言葉が自らを追い込むことになるのに。
智子は送金だけはしたので普通に交通機関で帰ればいいと思っているのだが、祐一はその普通のことができないでいる。
「こんなことじゃあダメだ」と、たまらず決心した。船はタグボートに曳航してもらうことにした。そんな遠隔地まではと最初は断っていた国谷曳船だが、祐一があまりにも悲壮感を漂わせて頼み込むので通常のキロ数計算に加え割増料金で受諾した。