第一章 壊れた家族
「よーし!」祐一が期待に胸を弾ませた時である。例のパニック障害に襲われた。
「けっ! いつものことだ」と思い、当然、漁船にも置いてあるアルコール度数の高いウォッカを一飲みした。ところが、いつもの効力がない。普段なら、このきついウォッカを一飲みすればじんわりと酔いが回って、脳が麻痺してパニック障害が治まるのだが、この時は全く効かない。
この症状が出たら強い酒を飲むという治療法の化けの皮が剝がれたのだ。
「おかしいな。効かない。もっと酔わなきゃダメだ」と言ってもう一飲み。
「ううっ、全然効かない。これはまずいな」もう、自分で自分を救おうと、激しい症状に抗うため効くまでウォッカをあおった。しかしこの日はいつものように酔っ払えば症状が治まるなんて甘いものじゃなかった。いくら飲んでも効かない。
「今日に限って何で?」飲めども飲めどもなかなか芯から酔っ払わない。脳がやけにしっかり働いているからだ。既に脳は今まで散々アルコールで騙されてきただけに、その手は食わんとばかりに酔ってたまるかと反発したのだ。島が見えないことも不安感を助長した。
「うおー! もう耐えられない。もう海に飛び込んで自殺するしか方法がないのか? いや、それだけはこらえなきゃ。もっと飲むしかない」ウォッカをラッパ飲みした。アルコール度数が50度の強い酒なのに驚く程ラッパ飲みできた。いや、そうせざるを得なかった。気が狂うか生還するかの瀬戸際だ。
「もう何でもいい。とにかく耐えられないから意識よなくなってくれ」待ったなしの状況でついに意識がなくなった。船上のデッキでアルコール中毒によって倒れた。太平洋の真っただ中だ。これは非常に危険な選択だ。祐一は急性アルコール中毒でこのまま野たれ死ぬのだろうか?
ところで、この段階で飲酒運転だ。厳しく罰せられる行動だが、祐一の危険回避はこの方法しかなかった。祐一の船はついに燃料を使い果たしエンジンが止まった。祐一は誰にも救われることなく生死の境をさまよっていた。エンジンの止まった船は巨大海流黒潮の流れでどこまでも流されていった。
しかし、天は祐一を見捨てなかった。漂流を続けているうち、近くをアメリカの輸送船が通りがかった。あまりにも小さな漁船が太平洋の真っただ中に浮かんでいるのを不思議に思った乗組員から「こんなに陸地から離れた海上にしては船が小さ過ぎる」と報告を受けた船長は、この不審船について不思議に思い、双眼鏡で祐一の船を見た。