〈それはわたくしも同じだよ。〉
マハーナーマは絶句した。他の4人も、はっとしたようにわたくしを見た。しかし、これでわたくしと5人は、昔、カピラヴァットゥで日が暮れるまで遊び惚けていた頃の、あの気安さ、幸せに戻ったように錯覚したのかもしれない。わたくしは5人に受け入れられたと感じた。マハーナーマがぽつりと言った。
『欲望を無くすことは出来ないということか。では、誰も〔安らぎを得る〕などということは出来ない。欲望が苦しみの原因であることは、多くの人が理解している。』
〈欲望を無くすことが出来ないのは何故だと思うか。〉
マハーナーマは答えなかった。
〈それは欲望が生存の条件だからである。〉
しいんとなってしまった。マハーナーマが口を開いた。
『ゴータマさま、教えてほしい。生まれながらに、欲望という、生存の条件を持ち、欲望が叶わないといって苦しむ者が、安穏に生きる智慧を。』
〈欲望を無くすことは出来ないが、欲望への執着を減らすことは出来る。〉
5人は、あっと、声にならない声をあげたように、わたくしには見えた。流石に一切を捨てて道を求めている者の覚悟は、一瞬で理解したのだ。激しい執着が問題なのだということを。
〈喉がからからに渇いた者が水を求めて止まないような、激しい欲望、執着が苦をもたらすのだ。欲望を減らし、執着を少なくすることによって、苦しみを減らすことが出来る。〉
アッサジが口を開いた。
『わたしは何故生きるかということには関心がありませんが、欲望から離れるということが理法に則った修行ということでしょうか。』
〈そうだよ、アッサジ。条件、因縁によって生じたものに、堅固なものは何一つない。自分のものというものは何一つない。そのようなものに執着することは愚かなことなのだ。〉Sn.773
欲求にもとづいて生存の快楽にとらわれている人々は、解脱(げだつ)しがたい。他人が解脱させてくれるのではないからである。(『スッタニパータ』は以下、Sn.と略号で示す場合がある。)